Under The Same Sky

ベトナム、ハノイという街でアシュタンガヨーガを練習している人のブログ

ベトナムインディア

ホーチミン滞在時は、合間を縫ってヒンドゥー寺院へ行きました。

ホーチミン市内には現在3つのヒンドゥー寺院があり、駆け足だけど滞在中そのうち二つの寺院へ足を運びました。そう、ホーチミンにはヒンドゥー寺院があるのです。ちなみにハノイにはない、です。。。

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今回のお話は、訪れた寺院の一つ「Sri Mariamman Temple(マリアマン寺院)」です。

1975年4月30日にベトナムが統一され、ホーチミンと改名される前は「サイゴン」と呼ばれていました。ベトナム南北が統一される前のサイゴン、19世紀後半のフランス植民地時代にフランス人が南インド”Tamil Nadu(タルミ・ナドゥ)”出身の商人を連れてきた時、このマリリアン寺院を建設されたようです。

「南部開放の日・ベトナムの4月30日」についてはこちら⬇️

https://www.viet-jo.com/news/social/150427040335.html 

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18世紀後半以降、多くの華人が南部に移り住み、「チョロン」という中華街のような地区を形成して生活をしていました。(今でもチョロンはあります)そのせいか、ホーチミンへ行くと漢字表記の看板をよく目にします。華人に次いでインド人もサイゴンに住んでいたようですが、ベトナム戦争後(1975年以降)大多数がインドへ帰りました。

ちなみにハノイには”チョロン”のような中華街もありません〜。

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マリアマン寺院に祀られている女神マリアマンは、破壊の神であるシヴァ神の化身でもあります。シヴァが上流・中流階級に崇拝されていたのに対し、マリアマンは貧しい人々に崇拝されていました。南インド地母神マリアマンは、病気を治してくれる神様と言われ、この寺院にもたくさんの人がお祈りに来るそうです。

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この寺院には「誠実な人には内なる声が聞こえる」という、 100年以上の歴史を持つ石の壁があります。この日は夕方でしたが、何人かお祈りしている人が寺院にいました。

冷んやりと冷たい石の壁を触るのはとても気持ちよく、本当に心が落ち着きます。

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おっと、ホンノンボ(Hòn Non Bộ)発見。

ベトナムの寺院や軒先でよく見かける不思議なミニチュア。ハノイでもよく見かけます。日本の盆栽のようにも見えますが、ちょーっと違うこの感じ。水を張った石や岩の上に人体や建物の模型を置いて、ストーリー風に表現されたこのベトナム式盆栽。ヒンデゥー寺院とはいえ、ここはベトナムテイストのパンチが入ります。

ふしぎ盆栽 ホンノンボ ⬇️

https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8000319.html

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ベトナム語訳のバガヴァッド・ギーターや寺院について、またインドに関する書物も置いてありました。

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ベトナム国内や近隣アジアのヒンドゥー教に関する広がりについての説明書きがありました。北部についてはBắc Ninhに印があったので、ネットで少し探したけどヒンデゥー寺院とは違う寺院でした。ただ実際はちょっと分かりません。

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マリアマン寺院はホーチミン1区のベンタイン市場近くにあります。現在1区は日本食レストラン(ラーメン店)がたくさんあって、土地開発がとても激しい場所。ちなみにこの寺院の目の前には長崎ちゃんぽんがありました。

様々な時代の揺らぎの中でこの寺院が存在しているのかなって思うと、本当に複雑な気持ちになります。でもここが存在してるのは、しっかりとこの寺院を守っている人たちがいるからこそ。静かだけどとても力強いものを感じることができました。