Under The Same Sky

ハノイの空の下から綴る、ゆるベジ&ヨガライフ。アシュタンガヨガを宅練中です。

Light in the darkness

Guru is light in the darkness

グルとは暗闇の中の光である。(グル=ヨガでいう所の師匠かな)

私がインドのリシケシでTTCを受けた時に、インド人のスニル先生が放った言葉。スニル先生は古典的なハタヨガの先生で、ヨガ哲学や呼吸法の指導をしてくれた。(元気かなー、元気だな。。。)

この言葉は、昨年バンコクでゴビンダカイ先生のアシュタンガヨガワーショップに参加していたヨガの先生(インド人)も話をしていたので、頭に残っている言葉です。

(ゴビンダ先生は日系3世で、日本でも数少ないアシュタンガヨガのサーティファイド講師)

西洋で発達、発展したヨガの環境でヨガに身を置いてきたゴビンダ先生と、もともとインドで生まれ育ってヨガの環境に身を置いてきたあるインド人先生。英語は得意ではないけど、彼らの対峙を興味深く聞いていました。

ゴビンダ先生曰く、諸外国からインドへ渡る多くの練習生は、グル(先生)という対象を求めて行く人が多い。そして皆先生が何かを教えてくれるものだと思っている。(先生が多くのウエスタンがって言っている所が面白かった)ヨガのプラクティスは先生から教えてもらってすぐに身につくものではないよね、って感じの話だったかな。(ちなみにアシュタンガヨガを練習するものにとって、グルといえばパタビジョイス。そんなグルありきでの話です。)それに対してインド人先生は、タイ人はフィジカルなアサナの練習(フィットネス的な視点)ばかり。アシュタンガみたいな身体を動かすだけではなくて、瞑想したり書物を読んだり、ラジャヨガ的な面もフォーカスするべき。自分にとってヨガの師というのは暗闇の中の光であって、人物ではない。

まあ、普通に生活している人にとってヨガの目的や入り口は健康や美容だったりするから、内心しょうがないだろーと思いながらインド人先生の嘆きを聞いていた。

 

突然なんでこんなことを書いたかというと、私自身の先生って誰なんだろうと思うことがあるからです。「この人が私のグル(先生)です!」っていう人も多くて、そういう方をちょっと羨ましく思ったりしたこともあります。当然、今まで出会った先生方全てが先生だと思っています。でも、こういうのをこの時に教えてもらったに過ぎないっていうか。。。結局は自分自身でどうやってヨガを消化していくのか、例えばプラクティスするしないも自分の判断だし。「グルは暗闇の中の光」もしくは「自分の心の中にいる」という言葉が今の私にはとてもしっくりとしている感じがしています。